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世界最古の土器が日本で発見!土器の誕生により人々の生活がどう変化したの?

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もりもりです。

世界最古の土器が日本で発見された!

私は、考古学には全然くわしくはないですが、
それでも世界最古の土器が日本で発見されたのは、
すごいと思います。

それによって、
当時の人々がどんな生活を送っていたのかが
わかるのですからね。

どんな土器が発見されたのでしょうか?

場所や土器の種類など気になることを調べてみました。

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世界最古の土器はが日本で発見された!

世界最古の土器は、「九州の福井洞窟(ふくいどうくつ)」で発見された隆線文土器だといわれています。

 

1万2000年~1万3000年ほど前のもので、のちの縄文式土器の原型だと考えられています。

 

古代史を捉える上で、この土器がいつ使われるようになったのかは、非常に重要なことです。

 

なぜ粘土でできた単なる「入れ物」がそんなに重要かというと、古代人の食生活を飛躍的に豊かにし、生活スタイルまでを変えるきっかけになったからなのです。

 

福井洞窟(ふくいどうくつ)とは

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福井洞窟(ふくいどうくつ)

上の写真は、佐世保市を流れる福井川流域に形成された標高100メートルにある洞窟の遺跡です。

 

福井洞窟

旧石器時代から土器文化(縄文時代)への過渡期の文化層が認められた遺跡です。
所在地:長崎県佐世保市吉井町  
指 定:国指定史跡 福井洞窟(ふくいどうくつ)

 

佐々川支流の福井川に面し、西向きに開いた開口12m、奥行き6m、高さ3mの洞窟で、標高80mの稲荷神社内の境内にあります。

 

最下層からは3万年以上前の石器が出土しましたが、稲荷神社の本殿直下は未調査のため、全貌は明らかになってはおりません。

 

発掘調査では、細石器や縄文土器が見つかり、縄文土器の中でも隆起線文土器(りゅうきせんもんどき)は、泉福寺洞窟の豆粒文土器(とうりゅうもんどき)の発見まで、日本最古の土器でした。

 

主に石器を用いた旧石器時代から土器が出現し縄文時代へ変化する過渡期(かとき)を知る上で貴重な遺跡です。

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土器が可能にしたことは?

土器の誕生により、大きく変化したことは「食糧を煮炊きすること」ができるようになったことなのです。

 

現在において、鍋やフライパンを使って食糧を煮炊きすることは、ごく当たり当たりのことですが、当時は食糧を煮炊きする道具の誕生は、すごく画期的なことだったんです。

 

例えれば、日本に初の電灯照明*1が初めて登場したようなものでしょうか。

土器の誕生で食糧の量が大幅に増えた

当時の日本列島(とくに東日本)は、落葉広葉樹の森でおおわれていて、ドングリや栗が豊富に採れました。

 

以前は、硬くて食べれなかった「ドングリや栗の実」も、水にさらしてアク抜きしたあと、デンプンをとり、煮て軟らかくすれば食べられるようになったのです。

 

硬い木の実は肉や魚と違って腐りにくいので、秋に大量に拾い集めて保存しておけば、食べ物の少ない季節を乗り切ることができます。

 

つまり土器のおかげで、実質的に食糧の量が大幅に増えたのです。

 

こうして生活に余裕が生まれ、生活自体も社会の構造も変わっていき、飢餓や栄養不良で死ぬ人が減り、人口が増えたのです。

 

それまでは狩りの獲物を求めて絶えず移動していた人々も、ある程度は安住できるようになり、原始的な農耕へと発展するきっかけができたのでした。

土器の形態は用途に応じて工夫された

「尖底土器」は全体が円錐形をしていて、尖った底の部分を地面に埋め込んで、周囲で火を焚き、鍋として使ったようです。

 

他にも、蒸し器(こしき)にするものや、壁に掛けるためのもの、現代の急須そっくりのもの、個人用のお椀(わん)など、さまざまな形と大きさの土器が作られています。

 

このような用途に応じた形態の工夫以上に注目されているのが、土器のデザインです。

 

単なる実用品としてでなく、呪的紋様をつけた祭器も数多くあります。

 

土器によって花開いた縄文人の芸術力

日本で最初に作られた土器のことを、縄文式土器と呼んでいます。

 

縄文式土器と呼ばれる理由は、「粘土に縄を押し付けて模様をつけたもの」が多いためにつけられたのですが、縄目(なわめ)のほかに浮き彫りや透かし彫りのような技法も用いられていて、しだいに複雑なものが表れるようになります。

作っていくうちに、芸術力が向上してきたんですね。

 

縄文晩期の青森県・亀ヶ岡遺跡から出土した土器は、デザインが変化に富んでおり、赤や黒の漆がほどこされたものまであります。

 

ちなみに、土器の作り手は女性で、母から娘へとデザインや技法が伝えられたようですね。

 

また、それぞれの時代や地域によって異なる特徴を持つ土器が作られていて、土器文化が発展・変化しながら伝わっていったことがよくわかります。

当時の年表

約2万年前 日本列島の誕生
まもなく大陸から新人が到来
1万2000~3000年前 土器の発明(縄文土器)
縄文文化誕生
狩猟・採集経済が発展
紀元前7~8世紀 初期農耕の始まり
紀元前3~4世紀 稲作(水稲)の伝来・普及
弥生土器の使用
青銅器・鉄器の渡来
弥生文化誕生
小国の発生
2世紀末 邪馬台国による小国の統治
3世紀 古墳の登場
4世紀 朝鮮半島の動乱
首長連合=大和政権の誕生
漢字の伝来

まとめ

世界最古の土器が日本で発見されたことは、すごいです。

土器を見れば、その当時の生活を知る手がかりになるのですからね。

今日も読んでくれてありがとうございました。

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*1:1882年(明治15年)に東京・銀座に灯された日本初の電灯(アーク灯)には、連日大勢の人が見物に訪れました。
初めての発電所が登場し、電灯は東京を中心に急速に普及します。
さらにエレベーターや電車など、電気は動力用としても利用され、次々と発電所が建設されていきました。