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大和朝廷が生まれたのと日本の社会集団が形成されたきっかけ!

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もりもりです。

古代日本史、日本の誕生編です。

今から、約2万年ほど前の日本人はどのような暮しをしていたのでしょうか?

想像できますか! 


大和朝廷が生まれた、きっかけ。

古代日本人はどのような生活を送っていたのでしょうか?

お話しますね。

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社会集団を形成するようになる

日本列島に人類が本格的に生活し始めたのは、
今からおよそ2万年前ぐらいです。

 

この頃の人類は狩猟・採取によって食べ物を
調達し、洞窟を住まいとしていました。

 
なので、
食糧となる動物や木の実がなくなれば、
住んでいる土地を離れて、
別の土地へと移るという生活をしなければ
生きていけなかったのです。


そのため、
集団の規模や人数も少なくて、
社会生活というものはなかったのでした。

 

そんな生活を送っていた人類が、
社会集団を形成するようになった
きっかけはおもに2つあります。

 

土器の発明・・・

今から約1万3000年ほど前の時代。


土器の発明によって食物の貯蔵や、
硬くて食べれなかった木の実も、
加熱調理して食べられるようになります。

 

そのおかげで、
食糧を求めて移り住む必要がなくなり、
今までののように土地を移り住むことがなく
同じ土地に定住した生活ができるようになったのでした。

それが、
社会集団形成のきっかけとなったのです。

 

稲作を始める・・・

稲作をするようになって、

自分の力で食糧を生産することができるようになり、
食糧を求めて移り住む生活から解放された。

 さらに、稲作を始めたおかげで、
せっかくつくった農地や農作物を他の集団に奪われるという
危険も生まれた。

自分たちの土地や財産を守るため、
今まで狩りのために動物たちに向けていた武器を、
自分たちの生活を脅(おびや)かす人間に向けるようになる。

 

ついに人類は戦争を発明したのだ。

 

集団どうしが戦い、勝った側は土地と財産を奪い、
負けた側は奴隷になる。

 

これを繰り返し、
各地には小国が乱立するようになったのです。

大和朝廷が生まれたきっかけは!

日本の各地に生まれた多くの社会集団が
一つにまとまるには、大きなきっかけが、
朝鮮だったのです。

 

そのきっかけとなったのが、
朝鮮半島の動乱です。

 

中国大陸や朝鮮半島に生まれた国々と対抗するため、
日本の小国はお互いに手を組まざるを得なくなったのです。

 

すべての小国にとって共通の適が現れたことで、
乱立する小国は一つの国へとまとまっていった。

こうして生まれたのが大和朝廷なのでした。

 

小国が乱立し始めたのが紀元前1世紀末頃。

 

大和朝廷がこうした小国を一つにまとめ上げるのに
ひとまず成功したのが4世紀末頃と見られているから
統一国家が生まれるまでには、
じつに400年以上も戦乱の時代を経なければ
ならなかったのですね。

 

当時の年表

約2万年前 日本列島の誕生
まもなく大陸から新人が到来
1万2000~3000年前 土器の発明(縄文土器)
縄文文化誕生
狩猟・採集経済が発展
紀元前7~8世紀 初期農耕の始まり
紀元前3~4世紀 稲作(水稲)の伝来・普及
弥生土器の使用
青銅器・鉄器の渡来
弥生文化誕生
小国の発生
2世紀末 邪馬台国による小国の統治
3世紀 古墳の登場
4世紀 朝鮮半島の動乱
首長連合=大和政権の誕生
漢字の伝来

 新人とは・・・

およそ20万年前にアフリカで誕生し、
世界中に分布したヒト属の1種で、
私たちホモ・サピエンスのこと。

旧人と比べると、
脳容積はやや増加し(1300〜1600立方センチ)、
頭は丸くなり、眼窩上隆起は目立たなくなった。

咀嚼(そしゃく)器官の退化により、
顔は華奢になって奥に引っ込んでいる。

骨格は頑丈さが衰えたが、
文化的な発達により環境適応力が強まり、
急速に世界中に拡散したと考えられる。

まとめ

農作物のない2万年前ほど前は、
食糧は狩猟・採取によって調達していたので、
何も獲ることができない日が続けば
大変だったんですね。

今日も読んでくれてありがとうございました。

次に読む記事はこちら⇒日本人の先祖は大陸から日本列島にやってきた!

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