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土偶のほとんどが欠けているのはなぜ?何のために作られていたのか?

 

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もりもりです。

日本の歴史書を開くと必ず見かけるものがありますよね。

それは、人間に姿形に似せた土偶。

この土偶はほとんどが壊された状態で発見されています。

何のために壊されているのでしょうか?

その理由を調べてみました。

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土偶のほとんどが欠けているのはなぜ?

日本最古の歴史書といわれる『古事記』『日本書紀』ですら、8世紀になって作られたものです。

 しかし、古代の日本を知るには、『魏志倭人伝』 (ぎしわじんでん)をはじめとする中国の歴史書に頼るほかは、遺跡から発掘された石器や土器をはじめとする道具から推測するしか手だてはありません。

魏志倭人伝の現代語訳

でも、古代人が残したものの中には不思議なものもあります。

 

いったい何のために作ったのか、わからないものも多いですよね。

 

その代表例が「土偶」*1と「銅鐸」です。

 

土偶は素焼きの人形で、縄文文化を代表するものです。

壊すために作られていた?

土偶のほとんどはそのままの姿で出土されていません。

手、足、顔、お腹などどこかしら壊されています。

そして、不思議なことにその壊された部分は本体と一緒には出てこないのです。

 

また、壊しやすくつくられている土偶が多く、最初から身体の一部を作っていないものさえ存在しています。

もしかすると、最初から壊すために作られていたのかもしれません。

 

何のために作っていたのでしょうか?

以下の3つの説が考えられています。

・疾病治療説
・呪人形説
・豊穣祈願説

 

疾病治療説・・・

病や傷の平癒を祈って土偶を自分に見立てて幹部をもぎ取って身代わりにすることで再生を果たすという疾病治療説。

これは土偶がどこかしら欠損して出土することが多いことから主張された説で、縄文の人々が土で作った人形を「形代(かたしろ)」として呪術に用い、病気や怪我の部分を土偶から取り除いて回復を祈ったというものです。

 

ただ、欠損のない完全な土偶も多く発見されていることや、怪我や病気をするのは男女同じ比率でおこりそうなのに、なぜか女性の姿で誇張された乳房や妊婦のようなお腹が多いのです。

「縄文のヴィーナス」とも呼ばれています。

 

呪人形説・・・

憎い相手を土偶に見立て、その不幸を祈って像を壊すという呪人形説。

 

豊穣祈願説・・・

「古事記」に登場するオオゲツヒメはスサノオの怒りに触れて殺されるが、その死体から稲や麦などの穀物や蚕が発生したといわれています。

ここから縄文人は土偶を女神に見立てて、これを破壊することによって作物の豊穣を祈ったのではないかというのが豊穣祈願説。

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 銅鐸(どうたく)とは何?

銅鐸*2は、弥生時代の青銅器で、近畿・東海を中心に広い地域から見つかっています。

  

「鐸(すず)」とは鐘のことで、中が空洞のものは叩くと音が鳴る。

 

初期の銅鐸は小ぶりで、実際に吊り下げて打ち鳴らしたようです。

この点からすれば、祭儀などのときに使われた楽器の一種だろうと考えられます。

ところが謎なのは、同じ銅鐸でも大きすぎて吊るせず、しかも中も空洞でないものが多数出土していることだ。

後期に作られたものだが、こちらは用途がまるでわからない。

手がかりになりそうなのは、集落から離れた山の斜面などから、ていねいに埋められたかたちで発見されていることです。

 

島根県・後塵谷遺跡では、銅鐸6個のほか、銅剣358本、銅矛16本がきちんと並んで埋まっていました。

そのため、これらの銅鐸は埋めるために作られたのではないかと見られています。

 

銅鐸が埋められている説

・農穣を祈った

・水の神を祭った

 

地面に埋めることで農穣を祈った・・・

 

水の神を祭った・・・

水源地に埋められているケースが多いことから水の神を祭ったという説などがあります。

 

宗教的・呪術的な意味を込めた道具なのでしょう。

 

銅鐸は日本各地で数多く出土していますが、『記紀(きき)』*3にその記述が出てこないのです。

宗教的な意味あいで作られたものなら、それを作った祭事のシーンが記紀に登場してもよさそうなものですが、まったく触れられていません。

 

銅鐸が出雲地域で多数出土していることから、銅鐸は、「まつろわぬ民」の一つとされる出雲たちの、大和朝廷の神道とは相容れない民族の祭器だったのでしょう。

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まとめ

なぜ土偶は壊された状態で出土されるのか?

いろんな説があります。

どれが、ほんとうなのでしょうね。

今日も読んでくれてありがとうございました。

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*1:人物や動物をかたどった土製品。エジプト,メソポタミア,中国など世界各地で古代より制作されていた。初めは宗教的な意味をもつ偶像であったが、のちには墳墓の副葬品,玩具ともなった。中国では殷代から 俑(よう) と称する人物、動物などの陶製像があり墳墓に副葬された。日本では縄文時代に盛んにつくられた。 土偶の彫刻表現は時期により相違があり、人物土偶はいずれも女性を象徴的に造形し、農耕社会にあっては,生産神としての地母神崇拝を表わすものといわれる。 人物土偶のほか犬、いのししなどの動物土偶もある。 弥生時代に土偶の遺例はほとんどないが,古墳時代には 埴輪土偶と称する形象埴輪 (家形、器材、動物、人物) がある。 (コトバンク)

*2:弥生時代の青銅器の一種。扁円形中空の身と,それを吊下げるためのとから成る。身に流水文袈裟襷文などの文様がある。本来は内部にをもち,鐸身を揺り動かして音を出す一種の楽器であったが,のちに次第に大型化し、祭器へと転化していったと思われる。おもに,広島県から静岡県にかけて分布するが,九州や関東からは小型のものが出土する。朝鮮半島に小銅鐸と呼ばれるものがあって,銅鐸の祖形とされている。コトバンク

*3:古事記』と『日本書紀』との総称。『古事記』の「記」と『日本書紀』の「紀」を併せて「記紀」という。

両書とも、奈良時代に編纂された日本神話古代歴史を伝えている重要な歴史書である。(Wikipedia)