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第二次世界大戦はどれだけの軍事費が使われたのか!

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http://asiareaction.com/blog-entry-3158.html

もりもりです。

歴史って知れば知るほどおもしろいですね。

今日は第二次世界大戦についてです。

戦争が始まると膨大な軍事費、
そして軍事物資が必要になります。

 戦争はどれだけの軍事費がかかるのでしょうか?

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軍事関連物資が足らなくなり深刻な事態になる

日中戦争勃発(ぼっぱつ)と同時に政府は
5億円の「日支事変(日中戦争)費」を計上し、
昭和12(1937)年9月にはさらに21億円もの
臨時軍事費を支出しています。

 

 

戦争が本格化することで、
兵器製造費は戦争前の昭和11年度には
9億3800万円に膨れ上がっていましたが、
これがさらに増大します。


国債を乱発してまで軍事費を捻出しなければ
ならなくなります。

 

 

さらに、
日本は国連を脱退し、
国際的にも孤立を深めてしまいます。

 

こういった状況が戦争の引き金になったのでしょうか?

 

さらに
日本はもっと追い込まれる状況になるのです。

 

日本は小さい島国であるがためh、
自国でまかなえるエネルギー資源が
ほとんどなかったのです。

 

膨大な軍事関連物資は、輸入に頼っていたので、
ますます困難な状況下に置かれていったのでしょうね。

 

海外での起債の道が閉ざされているため、
国際収支を好転させるには、
軍事予算を筆頭とする財政支出を抑制するか
統制経済にするしか方法はないです。

 

日本では軍部主導で日本と満洲、中国を一体化して
生産を拡充することが国策として決まっていました。

 

中国大陸を足がかりとして、
日本の国力につなげようとする政策です。

 

国策に反し、すでに戦いが始まっている日中戦争を
止めることは出来なくなっていたんですね。

もはや戦争を止めて、軍事費を削減することは、
時機を逃していたのです。

 

残る打開策は国家統制によって
国民生活に欠かせない物質の需要を圧迫し、
それを軍事費に振り向ける道。

 

この軍需振興策により兵器製造工場は
にわかに活気づきます。

 

東京株式市場の取引高は、
史上最高の142万株までになったのでした。

 

第二次世界大戦の軍事費はどれくらいか!

 

大平洋戦争というと米英とだけの戦いに思えますが、
第二次世界大戦の一部なのです。

 

第二次世界大戦は、
国家の総力を挙げた戦いだったのでした。

 

それまでにも、
いくどか戦争はありましたが、
軍事的な戦略だけではなく、
その背後にある国家の経済力の戦いでもあったのです。

 

日本は短期決戦ならば勝利するだろうと
考えていましたが、
戦争は長期化します。

 

日本は無謀な総力戦に挑んでしまったのです。

 

そして予想されたとおり
敗戦を迎えます。

 

総力戦に挑んだ
この戦いには、
どれだけの軍事費がかかったのでしょうか?

 

戦後に大蔵省が編纂した
『昭和財政史(戦前編)』に資料によりますと、

 

日華事変(1937年~1945年)と
太平洋戦争(1941年12月~1945年8月)の
軍事費の総額は、7559億円だそうです。

 

国民総生産の2倍だといわれています。

 

日清戦争(2.3億円)、
日露戦争(18.3億円)と比べれば、
桁が違いすぎます。

 

第二次世界大戦が、
日本にとって総力戦だったのが
よくわかると思います。

熟練工に人狩りが熾烈になる

昭和13年、
「軍需工業動員法の摘要に関する法律」が発動されて
航空機や船舶製造といった戦争のための軍需工業に
人々が雇用され、
この方面の労働者は増大します。

 

軍需工場では熟練工の争奪戦が始まるほど「人狩り」
熾烈(しれつ)になり、
厚生省が工場の熟練工募集広告を取り締まる
措置を取ったほどだったのでした。

 

東京では750人の警察官が警察を辞めて工場に移籍
警視総監が「自重せよ」と注意をうながす事態となります。

 

企業側は熟練工要請を図ろうと、
昭和13年の春に卒業する小学生児童に
目をつけ、あの手この手の好条件で採用を図った。

 

今度は文部省が「3学期以前は工場従業員としての採用に
応じてはいけない」との通達を各小学校に発している。

 

工場労働者が増え農業従事者が減り続けた

農民も工業地区に流れ、
軍需生産を下支えする工場労働者となり、
軍の思惑に組み込まれて、
国力(軍事力)のための産業戦士として
重用(ちょうよう)されていったのです。

 

軍用資材生産が増強されるにつれて軍需景気が現出した。

 

「軍需成金」が流行語となって、
一時的にせよ国民は浮かれ出す。

 

昭和初頭の金融恐慌による不況は消えうせて、
世の中は明るい日差しが差し込んだようにみえた。

 

国民は戦争は国を富ますとの錯覚に陥っていた。

 

しかし、
決定的に不足しているのは外国に頼らなければならない、
石油をはじめとする軍事に不可欠な資源や鉄、ゴムなどの原材料だ。

 

それを求めて日本軍は植民地解放を口実に
東アジア進出に目をつけ始め、
これがまた米英を刺激することになる。

 

そのうえ、農業従事者が好景気の軍需工場に流入した結果、
農業生産物が減少する事態も見え出した。

軍需景気に浮かれている裏に暗い影が忍びよっていた。

 

 まとめ

戦争には想像以上に膨大な費用がかかるんですね。

それだけのお金を使うなら経済発展のために
って私は思ってしまいました。

この当時はこれからの日本を考えるなら
戦争もやむなしとなったのでしょうが。

今日も読んでくれてありがとうございました

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