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ローマ帝国はなぜ繫栄したのか!ローマの建国から滅亡まで!

 

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もりもりです。

古代ローマ帝国。

すばらしい文明を築き上げた帝国です。

「すべての道はローマへ通ず」、「ローマは1日にしてならず」という言葉を聞いたことはありませんか!

この言葉は、古代ローマの栄華をたたえる言葉です。

 

古代ローマ人たちは、建築、法律といった、実用的な学問にすごく優れていました。

 

多くの文化的遺産 をも遺(のこ)しています。

 

そして、古代ローマの人たちが作った道路をすべてつなげると、地球を2周する長さにもなるそうです。

 

そんなすぐれた文明のローマ帝国について

・ローマ帝国が繫栄したわけ

・ローマ帝国の滅亡のわけ

について記事にしました。

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>・ローマの有名な遺跡
などをお教えしますね。

ローマ帝国が繁栄したわけ

まず、都市ローマは、クィリナリス・ウィミナリス・エスクィリヌス・カエリウス・カピトリヌス・パラティヌス・アウェンティヌスの7つの丘が出発点となり、ローマ帝国が始まったのです。

 ローマが繁栄した、一番の理由

・敗戦国から略奪をせず、自国に組み入れた

・彼ら自身の法律にのっとり、敗者も自分たちと同格に 扱った

そんな政策によってローマは強大な大国になっていったのでした。

 

ローマは法の民と呼ばれた

最初は現在のローマ市内のカピトリーノの丘付近に住む、「7部族の連合体」として 発足しますが、力は弱くても、お互いに団結することで、洪水 とか外敵に対応していきました。

そして、戦争に勝っても、敗者した者たちの法律にのっとり、敗者も自分たちと同格に扱います。

 

ふつうなら戦勝した国は敗戦した国を略奪したりするのが当たり前であった時代にです。

 

そのわけは略奪しても、一時は利益を得ますが、いつまでも敗戦国を統治しなくてはいけなくなるからです。

大変なコストがかかるので、強い国が戦争に勝ち続けても勢力の拡大は用心ならぬものがあったのです。

 

ローマは敗戦国をも自国に組み入れていくことで、本当の意味での大国になっていったのですね。

 

一つの例として、ペルシャ帝国があります。

たとえ、20万という大軍がいても、王の直属は1/10程度で 、他は属国の寄せ集めであったため、旗色が悪くなったり、指揮命令系統 が混乱すると統率が取れず、烏合の衆に変わり戦いに破れてしまったのです。

 

それに対し、ローマ軍は、たとえ敗戦国でも同格な扱いを行ったことで、組み入れた元敗戦国の兵士たちですら士気が衰えることがなく、古代では無敵の 軍団と恐れられたのでした。

 

 

隣国の国王が遺言で、自国をローマに差し出した例まであったそうです。

ローマ帝国、はすごい信頼関係で成り立っていたのですね。

 

国の統治が平等で、いかに優れていたのかが良く解ります。

 

武力による統治を行えば、常に相手より強くなければ成立しなくなります。

弱くなれば統治出来なくなり滅びてしまうのです。

 

法による統治であれば、みな平等であり、むしろ統治と言うより運命共同体を 作り上げることになります。

 

武力より、法による統治が優れていたあかしです。

 

 

 

外敵に対しては強固であり、国内の経済や人の交流も自由に 行えるようになります。

 

そして、人・物の交流によってローマはさらに強大となっていきました。

 

 

共和政から、度重なる戦争、領地拡大にともなう内乱の時代を経て、紀元前27年(西暦14年)にアウグストゥス が初代ローマ皇帝となり、ローマは繁栄の時代を迎えるのです。

 

ローマ帝国は西暦117年、トラヤヌス帝のときに領土が最大となります。

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ローマ帝国の滅亡

国内で、キリスト教徒の増加に伴う宗教的対立や暴君による腐敗政治などがあり、歴代皇帝は 分割統治や宗教会議を開くなど、あの手この手で国を改革する試みが繰り返し行われます。

 

また、国外からは常に異民族の侵入に脅かされ、帝国は徐々に衰退をしていきます。

 

そんな中、375年中央アジアで勢力をつけたフン族が、ヨーロッパまで攻め入り、
それに圧迫される 形で「ゲルマン民族の大移動」が始まりました。

 

すでに弱体化していたローマ帝国は、ゲルマン人の侵入に耐え切れず、最後の皇帝テオドシウス1世が 、死に際して帝国を2人の子供に分け与えたことにより、395年約千年の歴史に終止符を打ち東西に 分裂しました。

 

西ローマ帝国は476年に、ゲルマン民族の大移動の混乱で滅亡。

東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は以降千年以上にわたって続き、1453年に滅亡しましす。

ローマが建国されたのはいつ?

ローマは、伝説によれば紀元前8世紀に建国されたそうです。

 

ところが、最初のころはイタリア・ラティウム地方の小さな村だったのです。

 

しかし、他の民族と同盟を結んだり、武力で制服していき、イタリア半島全域を支配下におさめ、 さらに西へ東へと領地を拡大していったのです。

ローマの有名な遺跡

ローマにはパンテオン神殿やコロッセウム、カラカラ浴場といった、有名な遺跡が残っています。

 

また、それだけではなく、イギリス、フランス、スペイン、ドイツといったヨーロッパ各地から、 南はアフリカ、西は中東にいたるまでの、あらゆる地域にわたって、今でも古代ローマの遺跡を たくさん見ることができます。

 

これらの遺跡を見れば、ローマがどれほどの権勢を誇っていたのか容易に想像することが出来ます。

まとめ

いくら優れた文明や栄華を築いても政治が腐敗すれば滅亡してしまうのです。

それはどの時代でも同じことがいえると思います。

 今日も読んでくれてありがとうございました。

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